Mさんからコメントをいただいたので、そちらから紹介しようと思う。
昨日の私の記事を読んだ多くの人が、Mさんの言葉に共感したのではないでしょうか。
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「友達」じゃないんだ、「セラピスト」だから、この場が成り立っているのだという「線引き」は、とても大事なことですね。
たしかに、セラピスト的なお仕事を始めると、最初は、そこで、とまどいます。
ただ、とまどいのあまり、こんどは、ただ、その「形」からだけ、「線引き」を行っていると感じるセラピストさんも、時々いらっしゃいます。
それって、ただ、「冷たい」だけとしか伝わらなかったりします。
加減が難しいですね。
でも、最初の「人のお役に立ちたい」と思った尊い動機は、忘れたくないと思います。
一度はそれに振り回されてしまったから、次のステップで、その判断ができるようになっていくんじゃないかなあとおもいます。
その「役割意識」が、セラピスト自身のためではなく、クライアントさんのために、そうするものであると、見極めができてからの、決断ポイントだろうなと、私は思っています。だから、現場に出るには、必要なことでありながら、じつは、「上級」なスキルだよなあと、おもいます。
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「人の役に立ちたい」という初心を忘れることなく、クライアントにベクトルを向け、今ここで何が起こっているのかを冷静に見極めていく。
長年の経験とひたむきな内省が、そのような「上級」なスキルを築き上げていくのだろう。
Mさんの言うことは、その通りだと思う。
私の鑑定は、果たしてクライアントの役に立っているのだろうか。
そういった疑問は、いつも付きまとう。
そのようなことを自分に問うことなく、役に立てるよう努力を重ねることでしか、上級への道はないかもしれない。
そのためには、たくさんの失敗を重ねるしかない。
改善の余地を検討し、学び続けるしかない。
私が占星術を学び始めた頃、有名人のチャートもしくは講座の出席者のチャートを使い、象徴やら時期読みやらを学習するだけの講座しか行われていなかった。
誰も実際のケース例を追いかけて説明してくれることはなかったし、実践的なアプローチ――現場での対処法や問題点などを教えてもらうこともなかった。
仕方なく自分の学んできた心理学の知識と占星術を組合せ、手さぐりでコンサルテーションを始めることにした。
しばらくの間、「このやり方で本当にいいのだろうか」という疑問と戦った。
占星術をいくら勉強してもホロスコープが読めるようにならないという人が多いのは、この点に問題があるのだろうと思われる。
コンサルテーションを始めた最初の3年間、鑑定の後、私は必ず面接レポートをつけるようにしていた。
所見の簡単な情報とともに、どのように話を進めていったか、どのような質問がスムーズだったか、結論を急ぎすぎてしまったか、相手を追い込んでしまったか、逆に追い込まれてしまったかなど、やり取りの詳細をクライアントのホロスコープと合わせて書き留め続けていった。
うまくいかなかったコンサルテーションを振り返るのは苦しいものがあったが、それでも3年間は続けてみた。
当時、ある占星家に「鑑定の内容を振り返るために、文章に残している」と伝えたところ、あまり真面目に取り合ってもらえなかったが、何冊にも及ぶ当時のファイルは、今の私の知識の宝となっている。
鑑定内容を録音し、客観的に聴いてみるということもした。
しばらくすると、自分の失敗のパターンも少しずつ見えてきた。
天性のセラピストもいるのかもしれないが、私の歩みはとても遅かった。
では、この努力が一体何をもたらしたかというと、人として成長することができたということだと私は思っている。
人として忍耐強くなり、ゆとりが生まれ、責任感が増し、寛容になった。
自分をコントロールする力が生まれ、結果、クライアントに注目することに全エネルギーを注げるようになった。
自分に煩わされなくなったというのが、一番の収穫かもしれない。
もちろん、今でもうまくいかないことがある。
その時は、自分の内面を整えることを心がけるようにしている。
「役割意識」とは、自分のためにあるわけではない。
私を頼りにしているクライアントや生徒のためにある。
彼らが安心して私に身を任せるためのものとして、身につけなければならない「制服」のようなものだ。
それがあってこそ、私たちは、クライアントの人生と適切に向き合うことができるはずだ。
自制心から始めるのがいいかもね。