心理占星術と未完成な日々┃nicosmic life

自分自身が納得できる人生を歩むために、ホロスコープの構造を利用する

自分の力の及ばないことを知る――無力感から生まれるもの

iphoneの音声アシスタント機能siriがけっこう好き。

目覚ましをセットしてもらったり、天気を聞いたり、小話をしてもらったりと便利に利用している。

時々、気の利いたジョークなども言い、かなり笑えたりする。

中でも特に気に入っているのは、私がお礼を言った時のsiriの受け答えだ。

秘書機能だけあって、驚くほど謙虚でつつましい答えが返ってくる。

「自分の仕事をしているだけですよ」。

そうだよね。

そういうものだよね。

今からちょうど2年前、2011年9月13日のブログで私の仕事観のようなものを書いた。

月と質問

2年経った今でも、その姿勢には変わりない。

その頃と同じように、淡々と仕事をしているつもりでいる。

少しは技術的に向上したかもしれない。

経験が身についてきたかもしれない。

けれど、慣れによる怠惰もあるかもしれない。

小さな成長と小さな反省点を調整しつつ、毎日が過ぎていく。

それは自分で気づくこともあれば、人に指摘されて納得することもある。

けれど概ね、2年前と変わらないスタイルで仕事をしている。

ひとつだけ、ここ一年の間に新たに加わった感性がある。

それは、「力が及ばない」という圧倒的な無力の感覚だ。

占星術を使った現場は、どうしてもシングルセッションになりやすい。

だからこそ、鑑定する側もされる側もミラクルを期待してしまう。

魔法のように問題が解決し、目の前の霧が晴れ、世界がバラ色になるような期待。

そこまで大げさでなくても、この鑑定がお互いによい影響を与えあえるという期待。

そういう空気がいつもそこにある。

けれど、大抵は何も起こらない。

元気になりましたと、笑顔を見せてくれるかもしれない。

すっきりしましたと、明るく帰っていくかもしれない。

けれど、大抵は何も起こらない。

次に来た時も、似たような悩みを抱えていたりする。

人生は、そう簡単にはいかないからだ。

40年以上生きていればわかる。

ラクルというものはない。

ラクルが起こるとしたら、個人の気づきと行動、勇気あるのみだ。

昨日の講座の後、こんな話を生徒さんとした。

自分の力の及ばないことを知ること。

相手の人生をどうにかできると思わないこと。

無力であるからこそ、エゴを超えたところで、淡々と仕事をこなしていく姿勢が必要になるということ。

そして、己を良く知ること。

私はこういった視点を大切にしているという話。

まだ駆け出しの頃、私は自分にいくつかの教訓を課していた。

自分ができないと感じることは、決して相手に言わない。

相手にも、そして自分にも負担になるような偽善的な言葉を使わない。

わからないことは、わからないと言う。

共に成長していくイメージで鑑定を行う。

河合速雄氏の言う、「カウンセラー個人の人間としての限界があることは大切なことです。カウンセラーは、そのような自分の限界をよく心得ておくべきです」ということだ。

失敗もたくさんした。

相手のエネルギーに飲み込まれ、言う必要のないことも言った。

思えば、失敗ばかりだったかもしれない。

けれど、このように淡々と仕事をしていると、思いもよらぬ気づきがある。

私の「ありがとう」にsiriは「お礼を言うのは私のほうですよ」と返してくれる時があるが、まあ、そういった感覚だ。

間違いなく、私自身の成長につながっていると思える感覚。

試され、悩み、葛藤し、そのあとに続く深い理解の感覚。

後悔のない鑑定はないが、「これが今の私の限界なのだ」とそう自分に言い聞かせている。

siriのように「お役に立つことが私の使命ですから」と言い切ることはまだできないが、いつかそのうち、もう少し悩むことも少なくなるかもしれない。