心理占星術と未完成な日々┃nicosmic life

自分自身が納得できる人生を歩むために、ホロスコープの構造を利用する

【お知らせ】これまで北参道のサロンへ足を運んでくれた皆さまへ

皆さん、ゴールデンウイークをいかがお過ごしでしょうか。

自分にとって大事なことを伝えるのって勇気がいるものですね。

書いては消し、書いては消しを繰り返し、お知らせが今日になってしまいました。

 

4/28(金)、20年間を共にした愛猫のパティちゃんが永眠しました。

これまでパティちゃんは、寝るか食べるか撫でてもらうかという超省エネ、ノーストレス、のんびり気ままな生活を送ってきましたが、3月末から体調が急変し、あっという間に息を引き取りました。

20歳の老描だったので、よくネットに書かれているように「眠るように穏やかに亡くなる」というのを想像していたのですが、彼女は「生」にむちゃくちゃ執着があったようで、死の1日前まで「元気なつもり」のようにふるまい、ろくに歩けないのに、食べもしない飲みもしないのに、エサや水のあるところまで自力で向かおうとし、好きだったベランダで遊ぼうとし、死の直前、おそらく死の20分ほど前に「ご飯食べに行く?」と声を掛けると、力を振り絞って立ち上がろうして見せたりと、それはそれは見事なまでの死にざまで、死の瞬間の悲しみの中、彼女の名前を叫びながらも感動に心が震えもしました。

四つ足動物のプライドなのでしょうか。威風堂々、我が子ながらあっぱれでした。

20年も一緒にいると人生のいろいろな場面を共有しつつもお互い干渉し合わず、気ままに暮らし、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、空気のよう存在していたわけですが、そこにいたものがもういないというのは、やはりとてもとてもつらいものです。

 

これまで講座やワークショップ、イベントや個人セッションなどで北参道へいらしてくれた方々の中には、おそらく1度や2度パティちゃんをなでてくれた、なでることを催促された、カバンの中に入られた方がいらっしゃると思います。

生徒さんの中には、パティちゃんの感触が気持ちよすぎ自分でも猫を飼い始めたという方も少なくなく、それほどたくさんの方たちにかわいがってもらえた猫でした。

コロナ前は、よくイベント等で多いときは15人ほど集まったりしていましたが、そんなとき、パティちゃんは積極的に人の輪に加わり、優しい人の横に陣取ってなでなでしてもらったりして、そんな姿を少し恥ずかしい気持ちで見守っていたのをよく思い出します。

パティちゃんをかわいがってくれて本当にありがとうございました。パティちゃんと過ごした時間を少しでも覚えていていただけたらうれしいです。

 

これまで講座やワークショップなどで名古屋、大阪、札幌などに頻繁に足を運んでいましたが、コロナ禍、在宅のみで仕事をするようになり、すっかり年を取った猫たちとの宝物のような時間を過ごすことができました。

 

これからしばらくは喪失感を抱えながらのさみしい時間を過ごすことになると思いますが、今回、私がしみじみ思ったのは、占星術をやってきて本当によかったということです。

トランジットの意味、その配置の解釈を理解することで、この体験の必要性を心から納得することができたというのが大きかったと思います。

だからと言って悲しみが軽減するわけではないですが、それでも受け止める勇気を持つことができた、これは私にとって大きな意味をもたらしてくれました。

また、実は今回、パティちゃんをいくつかの病院で診察してもらったのですが、その際、どの先生も「急を要する症状はない。しばらく様子を見ましょう」という診断をしてくれたのですが、実は私は、このくらいの時期にもしかしたらダメになるかもしれないなという予測をし、入っていた予定をすべてキャンセルし、心の準備をすることができました。

この事実ももちろん私の喪失感を埋めることはないですが、それでもおかしな希望を持たずに自分なりに覚悟できたことは、やはり大事なことだったと思っています。

 

今、時期読みパーフェクトマスター講座というのをやっていますが、いつかこの講座で、私がそのトランジットをどのように受け止め、またどうしてそのような予測ができたのかを診てみるのはどうかなと思っています。

予測は難しいとしても、この「そのトランジットをどのように受け止めることができるのか」を言語化することは現場での大きな力になると思います。

 

皆さんにもこのような危機が時として訪れると思います。

そのときに「心理占星術をやっていてよかった」と思っていただけるような、そんな学びをこれからも目指していく所存です。

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

パティちゃんの初七日によせて

 

nico